豊臣秀吉の名言


豊臣秀吉の名言

Hideyoshi Toyotomi
豊臣秀吉

戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、天下人、関白、太閤、三英傑の一人。織田信長が本能寺の変で明智光秀に討たれると光秀を破り、関白・太政大臣に就任、徳川家康ら日本全国の大名を臣従させ天下統一を果たした。

国: 日本(尾張国愛知郡中村郷中中村)
生: 1537年3月17日
没: 1598年9月18日(享年61歳)

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豊臣秀吉 名言集


 
 
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負けると思えば負ける、勝つと思えば勝つ。逆になろうと、人には勝つと言い聞かすべし。

戦わずして勝ちを得るのは、良将の成すところである。

人と物争うべからず、人に心を許すべからず。

主従や友達の間が不和になるのは、わがままが原因だ。

猿・日吉丸・藤吉郎・秀吉・大閤、これも又皆がいやがるところでの我慢があったればこそ。

やるべき事が明確であるからこそ、日夜、寝食忘れて没頭できる。

主人は無理をいうなるものと知れ。

ひそかにわが身の目付に頼みおき、時々異見を承わり、わが身の善悪を聞きて、万事に心を付けること、将たる者、第一の要務なり。

それは上々、一段の吉日にござる。信長公のために討ち死にするは覚悟のうえ、二度と生きて帰ろうとは思わぬ。さてまた光秀の天命が尽きれば、大利を得て、思いのままに国をもらい、この播磨の城に帰ることはない。

人の意見を聞いてから出る知恵は、本当の知恵ではない。

いくら謙信や信玄が名将でも、俺には敵わない。彼らは早く死んでよかったのだ。生きていれば、必ず俺の部下になっていただろう。

信長公は勇将であるが良将ではない。剛を持って柔に勝つことを知ってはおられたが、柔が剛を制することをご存じなかった。ひとたび敵対した者に対しては、怒りがいつまでも解けず、ことごとく根を断ち葉を枯らそうとされた。だから降伏する者をも誅殺した。これは人物器量が狭いためである。人には敬遠され、衆から愛されることはない。

 
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