山岡鉄舟の名言


山岡鉄舟の名言

Yamaoka Tesshū
山岡鉄舟

日本の武士(幕臣)、政治家、思想家。剣・禅・書の達人。勝海舟、高橋泥舟とともに「幕末の三舟」と称される。
戊辰戦争では勝海舟の使者として西郷隆盛を説き、西郷・勝会談を実現させて江戸城の無血開城を導いた。

国: 日本・江戸本所(現在の墨田区)
生: 1836年7月23日
没: 1888年7月19日(享年51歳)

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山岡鉄舟 名言集


 
 
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鉄舟「修身二十則」(鉄舟が満13歳の時に自身に課した人生訓)

一 嘘を言うべからず候

二 君の御恩は忘るべからず候

三 父母の御恩は忘るべからず候

四 師の御恩は忘るべからず候

五 人の御恩は忘るべからず候

六 神仏ならびに長者を粗末にすべからず候

七 幼者をあなどるべからず候

八 己れに心よからざることは、他人に求むべからず候

九 腹を立つるは、道にあらず候

十 何事も不幸を喜ぶべからず候

十一 力の及ぶ限りは、善き方につくすべく候

十二 他をかえりみずして、自分のよきことばかりすべからず候

十三 食するたびに、稼穡(かしょく→種まきと収穫、農業)の艱難を思うべし、すべて草木土石にても、粗末にすべからず候

十四 ことさらに着物を飾り、あるいはうわべをつくろう者は、心に濁りあるものと心得べく候

十五 礼儀を乱るべからず候

十六 何時何人に接するも、客人に接するように心得うべく候

十七 己の知らざることは、何人にても習うべく候

十八 名利のために、学問技芸すべからず候

十九 人にはすべて能不能あり、いちがいに人をすて、あるいは笑うべからず候

二十 己れの善行を誇り顔に人に知らしむべからず、すべて我が心に恥ざるに務むべく候

一国を治めるものは、まず手近く自身からしなければならない。親子兄弟一族の治めがついて、さしつかえがないというに至ったならば、この秘法はたちまちに万機に応じることができる。

無刀とは、心の外に、刀が無いこと。敵と相対するとき、刀に拠ることなく、心を以って心を打つ、これを無刀という。

 
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