松岡修造の名言

松岡修造名言・格言集

Shuzo Matsuoka
松岡修造

日本のプロテニス選手、スポーツキャスター、タレント。

国: 日本(東京都千代田区)
生: 1967年11月6日

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1967年11月6日、東京都千代田区に三人姉弟の次男として生まれる。曾祖父は阪急東宝グループの創業者である小林一三。父は東宝の名誉会長、母は元タカラジェンヌの千波静。

8歳から姉の影響でテニスを始める。慶應中等部に進学する頃にはほとんどの時間をテニスに割き、中学2年のときに全国中学生テニス選手権大会で優勝。

慶應塾高等学校に進学すると麻雀にうつつを抜かす日々が続いたが、「このままでは自分は駄目になる。自分が本当に好きなものはテニスなんだ」と、高校2年でテニスの名門福岡の柳川高校へ転校。

転校から2ヶ月後、ウィンブルドンや全仏オープンのジュニア部門への出場チャンスが与えられる国内ジュニア大会「ウィンブルドンへの道」で優勝。しかし、インターハイ期間と重なってしまうため派遣を辞退する。

翌年も「ウィンブルドンへの道」で優勝。松岡はヨーロッパ遠征を決断し、高校を休学。全仏オープンジュニアでは2回戦に進出。ウィンブルドンジュニアでは3回戦まで進出した。

遠征後、来日した世界的名コーチのボブ・ブレッドが松岡の練習を見に訪れる。「明日にでもアメリカに来い。日本にいたら強くなれない」というブレッドの言葉によりアメリカ行きを決意。

1985年11月、渡米した松岡はフロリダ州タンパのパーマー・アカデミー・ハイスクールに通いながら、名門テニスクラブ「ホップマン・キャンプ」でテニスの練習を見てもらうようになる。

翌年5月にハイスクールを卒業。大学へ進学しようとした矢先、ブレッドから「腕試しにプロの試合に出てはどうか」と言葉をかけられ、ATPツアー最下位カテゴリに出場。予想に反し最初の大会でATPポイントを8ポイントも獲得した。

この結果に驚いたブレッドから「いっそのこと、大学に行かずにプロになってみれば?」と勧められ、松岡はプロ転向を決意。

2年ほどツアー下部大会を転戦する生活が続き、1988年から本格的にツアーレベルの大会に出場するようになる。全豪オープンでグランドスラムシングルス初出場を果たし、サントリー・ジャパン・オープンではベスト8に進出。全米オープンではグランドスラムシングルス初勝利。その後も好成績を収め、ランキングも82位に上昇。プロ転向後わずか3年でトップ100入りを果たし「世界に通用する日本人プレイヤー」として一躍注目を浴びる。

1989年にはツアーシングルス準優勝を果たす。しかし両膝の半月板を損傷する故障に見舞われ、ツアーの離脱を余儀なくされる。

1990年、リハビリの末復帰するも、多くの試合には出られず、ランキングを181位まで落とす。更に3本の靭帯すべてを断裂するという大怪我を負い選手生命さえ危ぶまれたが、あきらめずにリハビリを続ける。

1991年にツアー復帰。翌1992年には韓国オープンで日本男子選手として初のATPツアーシングルス優勝を達成。その後も活躍を続け、自己最高のランキング46位を記録。この順位は2011年に錦織圭が更新するまで日本男子選手のシングルス最高位であった。

1995年のウィンブルドンでは、日本男子選手として1933年の佐藤次郎以来62年ぶりのベスト8入りを果たす。

1998年2月に元アナウンサーの田口惠美子と結婚。まもなくして30歳という若さで現役を引退した。引退会見では、引退という言葉は使わず「卒業」という表現にこだわった。その後は、後継者育成のための指導やスポーツキャスター、タレント等で活躍している。

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人前で緊張するのは自然な反応です。プレッシャーが人を強くします。逃げ出したくなるような感覚がなくなったら、モチベーションもなくなってしまうような気がします。

僕の場合、悪い状況から抜け出す方法は、「嫌なことはすぐに忘れる」「悔しいときは一人になって思いっきり叫ぶ」といった単純なものが多いです。

僕は忙しいと思ったことが1回もありません。たぶん、本当に忙しくないのでしょう。「お疲れさま」と言われても、たいていは疲れていないので、冗談を言える人には「疲れてません」といいます。

「やってられないよ」と思ったとき、「でも俺、頑張ってるよな」とつぶやいてみてください。「頑張ってる私って、結構いいな」と、自分を好きになってください。その方が生きやすくなるとは思いませんか?

予想外の人生になっても、そのとき、幸せだったらいいんじゃないかな。

真剣だからこそ、ぶつかる壁がある。

100回叩くと壊れる壁があったとする。でもみんな何回叩けば壊れるかわからないから、90回まで来ていても途中であきらめてしまう。

勝ち負けなんか、ちっぽけなこと。大事なことは、本気だったかどうかだ!

おまえの終わり方は、なんとなくフィニッシュだ!

ベストを尽くすだけでは勝てない。僕は勝ちにいく。

いまの僕には勢いがある

ナイスボレー、修造!

 
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