ジークムント・フロイトの名言


ジークムント・フロイトの名言

Sigmund Freud
ジークムント・フロイト

オーストリアの精神分析学者、精神科医。人間が意識していない「無意識」を初めて扱ったフロイトの精神分析は、「無意識の哲学」として重要なものであり、精神分析を広く援用する大陸現代思想に大きな影響を及ぼした。

国: オーストリア
生: 1856年5月6日
没: 1939年9月23日(享年83歳)

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1856年5月6日、オーストリア帝国のモラヴィア辺境伯領のユダヤ人家庭に生まれる。

父は毛織物商人で、家族はフロイトが3歳のときにウィーンへ転居。

1866年、10歳のフロイトは中等教育機関に入学。

1873年、17歳になったフロイトはウィーン大学に入学。物理などを学んだ後、医学部の生理学研究所に入り、両生類や魚類の脊髄神経細胞を研究した。

また、脳性麻痺や失語症の臨床研究も行なっており、フロイトが脳の構造と人間の行動、さらには心的活動に深い関心を抱いていたことを物語る。

フロイトは終生、脳と心の働きの連関を「科学的に」解き明かすことを研究の主旨とし、目標とした。

1881年、フロイトは25歳でウィーン大学を卒業。翌年には後の妻と出逢う。

1884年からフロイトはコカイン研究に情熱を傾ける。局所麻酔剤としての使用を着想し、友人の眼科医らとともに眼科領域でコカインを使用した手術に成功している。

しかし、1886年になると世界各地からコカインの常習性と中毒性が報告され、危険物質との認識が広まり、フロイトは不審の目で見られるようになってしまった。

1885年、留学奨学金が与えられたフロイトは、パリの神経学者のもとで催眠によるヒステリー症状の治療法を学ぶ。

翌年、帰国したフロイトは「男性のヒステリーについて」という論文を医師会で発表。ヒステリーは女性の病気とされていたため、ウィーンでは大きな反発を受けた。

1886年、30歳のフロイトは催眠によるヒステリーの治療法を一般開業医として実践に移す。治療経験を重ね、最終的にたどりついたのが自由連想法であった。これを毎日施すことによって患者はすべてを思い出すことができるとフロイトは考え、この治療法を精神分析と名づける。

1895年、39歳のフロイトはヒステリーの原因は幼少期に受けた性的虐待の結果であるという病因論と精神病理を発表。今日でいう心的外傷(トラウマ)やPTSDの概念に通じるものであった。

やがて彼の関心は心的外傷から「無意識」そのものへと移り、精神分析は無意識に関する科学として方向付けられた。

しかし、ウィーンの学界や社会から彼の理論に対してはげしい反感や非難が集中。フロイトは孤独に苦しんでいた。

孤立の中、弟子や国際的な支持のもと1902年に「心理学水曜会」という集会が開かれるようになる。しだいに国内外から参加者が増え、1908年には「ウィーン精神分析協会」と名乗るようになる。

フロイトはこの集会にスイスから参加していたカール・グスタフ・ユング(1875~1961)に特別の期待をかけ、ユングも初めはフロイトを敬愛した。

1910年に「国際精神分析学会」を創立。フロイトはユングを初代会長に就任させ、個人的にもしばらく蜜月状態ともいうべき時期が続いたが、無意識の範囲など学問的な見解の違いから両者はしだいに距離を置くようになる。

1913年の国際精神分析大会で以前からの不和が決定的となり二人は決裂。1914年にユングは国際精神分析学会を脱退した。

1932年に入ると、ナチスによるユダヤ人迫害が激しくなる。ドイツでは精神分析が一掃され、精神分析の用語さえも規制された。

1938年3月、ヒトラー率いるナチス・ドイツがオーストリアに侵攻。フロイト宅にもゲシュタポが2度にわたって侵入。フロイトは6月にウィーンを発ち、ロンドンに到着すると熱狂的な歓迎を受けた。

1939年9月23日、末期ガンに冒されたフロイトはロンドンで83年の生涯を閉じた。

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夢は現実の投影であり、現実は夢の投影である。

忘れるのは、忘れたいからである。

幸福になる方法は、自分で実験してみなければ分からない。

力は、あなたの弱さの中から生まれるのです。

Out of your vulnerabilities will come your strength.

恋に落ちているときほど、苦痛に対して無防備であることはない。

We are never so defenseless against suffering as when we love.

心とは氷山のようなものである。氷山は、その大きさの7分の1を海面の上に出して漂う。

The mind is like an iceberg, it floats with one-seventh of its bulk above water.

人間は自分のコンプレックスを除去しようとつとめるべきではなく、それと調和を保つようにつとめるべきです。

A man should not strive to eliminate his complexes but to get into accord with them.

ほとんどの人間は実のところ自由など求めていない。なぜなら自由には責任が伴うからである。みんな責任を負うことを恐れているのだ。

Most people do not really want freedom, because freedom involves responsibility, and most people are frightened of responsibility.

生きる意味や価値を考え始めると、我々は気がおかしくなってしまう。生きる意味など、存在しないのだから。

人は不快な記憶を忘れることによって防衛する。

エネルギッシュで成功する人間は、欲望という幻想を現実に変えることに成功する人間である。

自分に対してとことん正直になること、それが心身によい影響を与えるのである。

 
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