田中角栄の名言には「結論が出たらすぐに実行するのが、私の流儀だ。決断と実行」、「いやなことは、その日のうちに忘れろ。自分でどうにもならんのにクヨクヨするのは阿呆だ」などがあります。
田中角栄の概要
日本の政治家、実業家。第64・65代 内閣総理大臣。
氏名 | 田中角栄 |
生年月日 | 1918年5月4日 |
没年月日 | 1993年12月16日 |
享年 | 75(歳) |
国籍 | 日本 |
出生地 | 新潟県刈羽郡二田村(現在の柏崎市) |
職業 | 政治家、内閣総理大臣(第64・65代) |
名言 | 国の方向を示すのが政治家の役目だ。それが出来なければ役人以下だ。 |
【その生涯】
1918年(大正7年)5月4日、新潟県刈羽郡二田村(現在の柏崎市)の農家に二男として生まれる。
角栄は15歳のときに小学校を卒業。翌年上京し、建設会社に住み込みで働きながら専門学校の中央工学校土木科(夜間部)に通う。
17歳で中央工学校土木科を卒業し、建築事務所に勤める。その翌年に独立して共栄建築事務所を設立。
1939年、徴兵適齢となった角栄は満州国で兵役に就く。入営から1年で陸軍騎兵上等兵となるもクルップ性肺炎を発症。角栄は内地に送還され、1941年に除隊。
除隊後、東京・飯田橋で田中建築事務所を開設。1942年に結婚し、同年に長男(4歳で死亡)が、1944年に長女眞紀子が生まれる。
1943年、25歳の角栄は田中土建工業を設立。田中土建工業は年間施工実績で全国50位入りするまでに成長。
1946年、28歳の角栄は、田中土建工業の顧問だった進歩党代議士の依頼により、衆議院総選挙に進歩党公認で新潟2区から立候補するも落選。
翌年、衆議院総選挙に民主党公認で立候補し、当選。その後、角栄は民主クラブに加盟。民主クラブは日本自由党と合同して民主自由党となり、1950年に自由党となる。
1954年、36歳の角栄は自由党副幹事長に就任。翌年には保守合同で自由党は日本民主党と共に自由民主党を結党する。
角栄は39歳のときに郵政大臣に就任。44歳で大蔵大臣に就任。1965年、47歳のときに自由民主党幹事長に就任。
1972年、54歳の角栄は自由民主党総裁に当選。第1次田中内閣が成立する。同年、角栄は日米首脳会談後に中国を訪問。日中国交正常化が実現した。
1974年、『文藝春秋』が田中金脈問題を追及、首相退陣の引き金となる。同年、内閣総辞職。首相在職通算日数は886日であった。
1976年、ロッキード事件が発生。角栄はロッキード社による全日本空輸に対する売りこみにおける5億円の受託収賄罪等の容疑により逮捕される。
逮捕後も角栄は田中派を通じて政界に影響力を保ち続け、「目白の闇将軍」と呼ばれた。
1993年12月16日、田中角栄は肺炎のため死去、75年の生涯を閉じた。
※ 人物詳細をWikipediaでチェック! Wikipedia(日本語) / Wikipedia(英語)
田中角栄 名言集
田中角栄の名言(1)
大臣なんて、なろうと思えば誰にでもなれる。だが、総理総裁は、なろうと思ってなれるものではない。天の運というものがある。すべての準備をととのえて、公選の前日に車に撥ねられる、ということもある。
田中角栄の名言
国の方向を示すのが政治家の役目だ。それが出来なければ役人以下だ。
田中角栄の名言
自ら逃げていくものはしようがないが、自分がひとたび面倒を見たものは、最後まで面倒を見つづけるというのが俺の人生観なんだ。
田中角栄の名言
できるだけ敵を減らしていくこと。世の中は、嫉妬とソロバンだ。
田中角栄の名言
赤坂、柳橋、新橋でも、料亭の女将で店を大きくするのはどんな奴かわかるか。仲居上がり、女中頭上がりだ。芸者や板場を立てて、見事に大きくする。ダメなのは芸者上がり。
田中角栄の名言
とにかく、人の悪口をいったり、自分が過去に犯した過ちを反省せずに、自分がすべて正しいとする考え方は、国のなかでも外でも通用しない。
田中角栄の名言
若い君が本当に思っていることを話せばよい。借り物はダメだ。百姓を侮ってはいけない。小理屈で人間は動かないことを知れ。
田中角栄の名言
人は実感したものを信用する。
田中角栄の名言
人生は、すべて「間」だ。お前みたいに一本調子、直進しようとするだけでは何も前に進まない。「間」の取れない奴はどうしようもないぞ。
田中角栄の名言
いやなことは、その日のうちに忘れろ。自分でどうにもならんのにクヨクヨするのは阿呆だ。
田中角栄の名言
仕事をすれば、批判、反対があって当然。何もやらなければ、叱る声も出ない。私の人気が悪くなったら、ああ田中は仕事をしているんだと、まぁこう思っていただきたい。
田中角栄の名言
初めに結論を言え。理由は、三つに限定しろ。
田中角栄の名言
僕は運だけでここまで来た。人間の一生というのは、結局、運だ。実力があり、いくら自分が自負してもダメなものはダメ。努力、努力。努力と根気と勉強。こういったものが、運を捕らえるきっかけになる。
田中角栄の名言
私はメシも仕事も早い。一生の間、理想を追っても結論を見いだせないような生き方はキライだ。すべてのことにタイム・リミットを置いて、可能な限りの努力をするタイプなんだ。
田中角栄の名言
政治家は発言に、言っていい事・悪い事、言っていい人・悪い人、言っていい時・悪い時、に普段から気を配らなければならない。
田中角栄の名言
約束したら、必ず果たせ。できない約束はするな。借りた金は忘れるな。貸した金は忘れろ。
田中角栄の名言
功は焦らなくても良い。自分に実力がありさえすれば、運は必ず回って来る。
田中角栄の名言
偉くなるには大将のふところに入ることだ。大将は権力そのものだ。だから、そのふところに入れば、あらゆる動きがすべて見える。それがわかればムダな手間がはぶかれ、ボタンのかけ違いもなくなる。
田中角栄の名言
分かったようなことを言うな。気の利いたことを言うな。そんなものは聞いている者は一発で見抜く。借り物でない自分の言葉で、全力で話せ。そうすれば、初めて人が聞く耳を持ってくれる。
田中角栄の名言
人の喜び事はとくに励ましてやる必要はない、本人が幸せなんだから。むしろ苦境、悲しみのさなかにあるとき、力になってやるべき。
田中角栄の名言
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No. | 田中角栄の名言 |
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1 | 大臣なんて、なろうと思えば誰にでもなれる。だが、総理総裁は、なろうと思ってなれるものではない。天の運というものがある。すべての準備をととのえて、公選の前日に車に撥ねられる、ということもある。 |
2 | 国の方向を示すのが政治家の役目だ。それが出来なければ役人以下だ。 |
3 | 自ら逃げていくものはしようがないが、自分がひとたび面倒を見たものは、最後まで面倒を見つづけるというのが俺の人生観なんだ。 |
4 | できるだけ敵を減らしていくこと。世の中は、嫉妬とソロバンだ。 |
5 | 赤坂、柳橋、新橋でも、料亭の女将で店を大きくするのはどんな奴かわかるか。仲居上がり、女中頭上がりだ。芸者や板場を立てて、見事に大きくする。ダメなのは芸者上がり。 |
6 | とにかく、人の悪口をいったり、自分が過去に犯した過ちを反省せずに、自分がすべて正しいとする考え方は、国のなかでも外でも通用しない。 |
7 | 若い君が本当に思っていることを話せばよい。借り物はダメだ。百姓を侮ってはいけない。小理屈で人間は動かないことを知れ。 |
8 | 人は実感したものを信用する。 |
9 | 人生は、すべて「間」だ。お前みたいに一本調子、直進しようとするだけでは何も前に進まない。「間」の取れない奴はどうしようもないぞ。 |
10 | いやなことは、その日のうちに忘れろ。自分でどうにもならんのにクヨクヨするのは阿呆だ。 |
11 | 仕事をすれば、批判、反対があって当然。何もやらなければ、叱る声も出ない。私の人気が悪くなったら、ああ田中は仕事をしているんだと、まぁこう思っていただきたい。 |
12 | 初めに結論を言え。理由は、三つに限定しろ。 |
13 | 僕は運だけでここまで来た。人間の一生というのは、結局、運だ。実力があり、いくら自分が自負してもダメなものはダメ。努力、努力。努力と根気と勉強。こういったものが、運を捕らえるきっかけになる。 |
14 | 私はメシも仕事も早い。一生の間、理想を追っても結論を見いだせないような生き方はキライだ。すべてのことにタイム・リミットを置いて、可能な限りの努力をするタイプなんだ。 |
15 | 政治家は発言に、言っていい事・悪い事、言っていい人・悪い人、言っていい時・悪い時、に普段から気を配らなければならない。 |
16 | 約束したら、必ず果たせ。できない約束はするな。借りた金は忘れるな。貸した金は忘れろ。 |
17 | 功は焦らなくても良い。自分に実力がありさえすれば、運は必ず回って来る。 |
18 | 偉くなるには大将のふところに入ることだ。大将は権力そのものだ。だから、そのふところに入れば、あらゆる動きがすべて見える。それがわかればムダな手間がはぶかれ、ボタンのかけ違いもなくなる。 |
19 | 分かったようなことを言うな。気の利いたことを言うな。そんなものは聞いている者は一発で見抜く。借り物でない自分の言葉で、全力で話せ。そうすれば、初めて人が聞く耳を持ってくれる。 |
20 | 人の喜び事はとくに励ましてやる必要はない、本人が幸せなんだから。むしろ苦境、悲しみのさなかにあるとき、力になってやるべき。 |
21 | 人間は自分より美男子でない、頭の悪いのが可愛いということです。 |
22 | 俺の目標は、年寄りも孫も一緒に、楽しく暮らせる世の中をつくることなんだ。 |
23 | 身内のことを知りなさい。身内のことも知らないで一人前の口をきくな。そして身内のために汗を流せ。損して得を取れ。手柄は先輩や仲間に譲れ。そうすればお前、めんこがられて、好かれるぞ。 |
24 | カネというものはチマチマ使うより、ここぞというときは一気に使え。その方が、効果は何倍も大きい。 |
25 | 世の中は白と黒ばかりではない。敵と味方ばかりでもない。真ん中にグレーゾーンがあり、そこが一番広い。天下というものは、このグレーゾーンを味方につけなければ決して取れないのだ。 |
26 | 会議の長さは出席者数の二乗に比例し、会議の成果は出席者数の二乗に反比例する。 |
27 | 君達ね、自分の置かれている立場を有り難てェことだと思わんとダメですよ。寝言を言ったり不満ばかり言っている奴は、人生終わるまで不満を抱き続ける人間になるぞ。社会が悪い、政治が悪いなんて言って、一体何があるんだ。人に貢献できるようになってから言うべきじゃ。 |
28 | 決断力は、情報力によって支えられる。単なる直感だけでは、見通しを誤る。 |
29 | 世の中には、会って話をし、付き合えば、その人間がよくわかるのに、知らないまま食わず嫌い、毛嫌いしている場合が多い。互いに自戒すべきことだよ。 |
30 | 結婚式は欠席しても後でいくらでもおつきあいができるが、葬式は長いあいだお世話になった人との最後のお別れなんだ。人の道がわからなければ、ろくな政治家になれない。 |
31 | 食って、寝て、嫌なことは忘れることが一番。 |
32 | 好むと好まざるとに関わらず、たたなければならない時がある。総理という職責は、なりたいと思ってもなれない。なりたくないと思っていても、やらなければならない時があるんだよ。 |
33 | 自分の物差しばかりでものを云っちゃいかんということだ。世の中には、人の為に働かないで、文句ばかり言う横着な人間が少なくない。こういうのはダメだ。使いものにならない。 |
34 | 政治家にはオール・オア・ナッシングというのはない。まず最善手を指し、次善、三善の策を考えることだ。 |
35 | 結論が出たらすぐに実行するのが、私の流儀だ。決断と実行。 |
36 | 自分が今のところまで来たのは、自分から求めるよりも、周りから与えられたものに忠実だったから、と云った方が当たっている。与えられた仕事に全力を尽くすことが、新しい場面を開く結果になるものだ。 |
37 | 念仏を百万遍唱えても実行、実現しなければ意味がない。 |
38 | 政治とは自分たちがメシが食えない、子供を大学にやれない状態から抜け出すことを先決に考えねばならん。理想よりも現実だ。政治とは生活だ。 |
39 | 評論家は政治家の悪口を言うのが商売。政治家は評論家に悪口を言われるのが商売。 |
40 | 最近の議員の資質はなかなかの優等生だが、独創性、エネルギー、統率力といったものが欠けている。内外の情勢は教授会のような議論は許さないんだが。 |
41 | 皆、僕のことを逆境に強いと言うが、必ずしもそうでない。ただ、逃げ出すことはしないということだ。じっとしていて、吹雪のときはしばし待つ。雪は人間を全部、運命論者に変える。 |
42 | 確かにノーというのは勇気がいる。しかし、逆に信頼度はノーで高まる場合もある。ノーとイエスははっきり言ったほうが、長い目で見れば信用されるということだ。 |
43 | 人間は、やっぱり出来損ないだ。みんな失敗もする。その出来損ないの人間そのままを愛せるかどうかなんだ。政治家を志す人間は、人を愛さなきゃダメだ。東大を出た頭のいい奴はみんな、あるべき姿を愛そうとするから、現実の人間を軽蔑してしまう。それが大衆軽視につながる。それではダメなんだ。そこの八百屋のおっちゃん、おばちゃん、その人たちをそのままで愛さなきゃならない。そこにしか政治はないんだ。政治の原点はそこにあるんだ。 |
44 | 政治は数であり、数は力、力は金だ。 |
45 | 権力の中枢は空洞だ。 |
46 | ウソはつくな。すぐばれる。気の利いたことは云うな。後が続かなくなる。そして何より、自分の言葉でしゃべることだ。 |
47 | 時間の守れん人間は何をやってもダメだ。 |
48 | どんな話でも、ポイントは結局ひとつだ。そこを見抜ければ、物事は3分あれば片付く。 |
49 | どんな境遇におかれて辛い思いをしても、天も地も人も恨まない。 |
50 | 困ったらいつでもこいよ。 |